第三十章 帰途

祖母が日本へ戻る旅は、中国へ渡った時よりずっと静かだった。

来た時、祖母は甲板の上で手帳を握りしめ、熱と羞いと、まだ現実に折られていない芯みたいなものを胸に抱いていた。帰る時の船にも、人は喋り、吐き、荷物を膝へ抱えたままぼんやりしている。けれど祖母の耳にいちばん残り続けたのは、港へ向かう前の、ほんの短い路地の別れだった。

まだ完全には明るくならないうちから、通りにはもう人の動きがあった。荷車を押す者、担い棒を担ぐ者、埠頭へ急ぐ者。みんな一歩遅れるだけで何かに追いつかれると知っているみたいに足が速い。祖母は学校の人間たちと歩き、劉三祭は最後に足を止められる曲がり角まで付き添った。

歩いているあいだ、二人は申し合わせたように、抄本のことしか話さなかった。どの頁を分けるか、どこへ湿りを入れてはいけないか、何を互いの手元へ残すか。先の話だけはどちらも避けていた。

だが本当に別れ際になると、劉三祭は懐から小さな油布を取り出し、祖母が渡した一枚の筆記をさらに包み直した。鍛冶場を出たばかりの手で、爪のあいだには煤が残り、虎口の割れ目には黒が染みている。

「道で出すな」

彼は言った。

「一度湿ったら、あとはおまえの頭の中にしか残らん」

祖母はそれを受け取り、頷いた。

「帰ったら、こっちの半分は守る」

劉三祭は祖母をまっすぐ見た。

「守るだけじゃ足りない。松平の家に、これを自分の物みたいに言い出す奴がまだいるなら、おまえが先に止めろ」

祖母は「分かってる」と言いかけて、うまく言葉にできなかった。劉三祭はそれを待たずに、視線を彼女の足元へ落とした。靴にうっすら灰色の土がついている。

「最初に鍛冶場へ来た時から、分かってた」

低い声だった。

「おまえは宝を漁りに来たわけじゃない。だが、自分をあまり綺麗なものだとも思うな」

祖母は息を止めた。

劉三祭は視線を戻さないまま続ける。

「夢ってのは、人に乗る時、泥を連れてくる。どうしても書くなら、その泥まで一緒に書け。東へ帰ったあとで、これを綺麗な話にするな」

その言葉に、祖母はしばらく何も返せなかった。

十八の時、日本を出る時には、学問を追っているつもりだった。碑文を読み、土の下に埋もれた歴史へ触れようとしているだけだと。けれど今になって初めて分かる。夢には最初から泥がついている。自分一人の泥ではない。時勢の泥であり、身分の泥であり、そして後になっても誰にも洗い切れない人の泥だ。

祖母は最後にひとつだけ訊いた。

「あなたは」

劉三祭は、ずっと腹の中で転がしていた言葉をようやく出す人の顔で言った。

「こっちで守る」

それから一拍置いて、

「帰って来られたら、その時また話そう」

怨みでも、皮肉でもなかった。

「待っている」と言うより、ずっと実際的な言葉だった。実際的すぎて、祖母はその後ずっと、ほかの言葉で覆い隠すことができなかった。

海の風は強く、船の舷側に当たっては布や服を鳴らした。夜、祖母は薄暗い船室で、布包みの中の半分の抄本を一枚ずつ並べ直した。劉家の口伝の暗路と、自分の見立てと、副座の向きをつなぎ合わせ、何とか全体の図へしようとする。けれど書き進めるうち、筆先はやはり止まった。

どうやっても、埋まらない。

覚えていないからではない。

もう半分は最初から、自分の手にないのだ。帳面の行間に隠された言葉も、老人が最後まで言い切らなかった禁忌も、劉三祭へ渡した紙も、中国の側へ残るべきものだった。日本へ戻ったあとで、自分の持つ半分だけを全図みたいに書き上げてしまえば、それは松平の家がいちばんやりやすいことを自分もやるのと同じになる。証を、所有へ書き換えることを。

船室の外で、誰かが口論していた。声は風にちぎられて、途中から意味を失う。

祖母は紙を見つめながら、この旅でいちばん飲み込みにくいのは、歩けなかったことそのものではなく、手元へ戻るものが初めから欠けた形でしかありえないと知ってしまったことだと思った。

結局、祖母は図を埋めなかった。

その代わり、新しい頁を開いて、最低限残すべきことだけを書きつけた。

副座は蔵するためにあらず、証するためにあり。

路は一家に独り認めさせるな。

後の者これを見る時は、未了のことを英雄譚へするな。

最後の一行を書き終えたあと、祖母はずっとそれを見ていた。まるで、何十年も先にこの頁を読む誰かの顔を、そこに重ねるみたいに。

この数行で、人を引き留められるわけではない。約束を最後まで運べるわけでもない。ただ、紙の上へ細い線を一本投げておくことならできる。いつか、本当に誰かがもう一方を拾う日が来るように。

日本へ着くと、すべてが不自然なくらい馴染んでいた。言葉も、駅も、木の戸も、家の屋根も、畳の乾いた匂いも。戻ってきたはずなのに、少しも「帰ってきた」という実感がなかった。むしろ時代の側に押し戻された感じに近かった。

家へ入った時、客間の供物台はまだ元の場所にあった。

祖母はしばらく戸口で立ち尽くしてから、ようやく近づいた。灯の下で見る「松平」の二字は、記憶より硬く、深かった。祖母がいないあいだに、古い刀痕に沿ってさらに彫り直されたように見える。指先が縁へ触れかけたその時、背後から声がした。

「もう触るな」

振り向くと、廊下に敬一郎が立っていた。

その一瞬で、疑っていたことのいくつかが形を持った。けれど祖母はすぐには言い当てなかった。ただ手を引く。

敬一郎も詳しい説明はしなかった。

「中国で見聞きしたことは、帰ってきたら家へ持ち込むな。捨てるものは捨てろ。忘れるものは忘れろ。傾きかけた家は、余計な口舌にいちばん弱い」

祖母は袖の中で指をゆっくり曲げた。

言われていることの意味は、祖母にも十分分かっていた。

忠告ではなく、黙れということだった。

その夜、祖母は布包みの中身をもう一度整理した。残せるものは冊子へ入れ、表へ出せないものは別に隠す。敬一郎の言う通りに捨てはしなかったが、この時初めて学んだこともある。後で残す記録には、書いていながら書いていないような顔をさせなければならないこと。名は覚えていても、すぐ紙に載せてはいけないこと。

僕に渡された冊子に、あれほど余白が多いのは、単に記憶が擦り減ったからではない。

日本へ戻ったその日から、祖母の手に残ったもの自体が、最初から半分の地図でしかなかったからだ。