第一章 おばあちゃんの箱
僕は今年二十九歳になる。振り返ってみれば、これまでの人生にはずっと拭いきれない疑問がつきまとっていた。川底に沈んだ小石のように、ふとした拍子に記憶の水流にかき乱され、水面にさざ波を立てる。たとえば、英語を学ぶ意味。日本では英語なんてほとんど使う場面がない。だから僕は今でも英語がろくに話せない。メニューのアルファベットをどうにか読める程度だ。もっとも、政府が二〇二〇年のオリンピック大会の東京開催を勝ち取ったというニュースが流れてからは、これからの世代は違うのだろうとも思う。
けれど、人生の疑問は英語だけにとどまらない。たとえば、なぜゴミ出しは週に一回しかないのか。この問題は子供の頃の僕にとって切実な悩みだった。当時、僕の家族は祖父、祖母、父、母、兄、妹、そして僕の七人で、さほど広くはない二階建ての一軒家に暮らしていた。しかも、うちの家族は揃いも揃ってお菓子と惣菜が大好きだった。コンビニのおにぎりやサンドイッチ、スーパーの特売のコロッケや唐揚げ、街角のパン屋で焼きたてのメロンパンやあんパン、それから色とりどりの飴やポテトチップス——袋ごと抱えて帰ってきては、食べ終わった包装紙や段ボール箱が台所の隅に積み上がる。ゴミ収集日の前夜ともなれば、キッチンの角に並んだゴミ袋は今にも破れそうに膨れ上がっていた。
祖母は家の柱だった。体は頑健で、足取りはきびきびとして、真冬でも真夏でも決まって早起きし、黙々と家事をこなした。毎朝五時半、家じゅうがまだ静寂に沈んでいる頃には、もう台所で動き始めている——米を研ぐ水音、まな板に包丁が落ちる音、味噌汁が泡立つ音。それらは僕の幼年期における、いちばん馴染んだ日常の音だった。祖母は僕たち兄弟三人にゴミの分別を教えてくれた。叱りつけるような口調は一度もなかったが、有無を言わせぬ威厳があり、僕たちは大人しくそれに従った。兄がたまにペットボトルを燃えるゴミに放り込むと、祖母はちらりと一瞥するだけだった。それだけで兄はすごすごとそれを拾い上げ、正しい袋に入れ直す。あの眼差しは叱責ではなく、静かで、まるですべてを見透かすような注視だった。
あの日は僕がゴミ出しの当番だった。分別済みのゴミ袋を家の前の道路脇まで運ぶ役目だ。僕はありったけの力で袋の口を掴み、廊下を引きずっていこうとした。けれど袋が大きすぎ、僕が小さすぎた。両腕を広げても膨らんだ袋を抱えきれず、ビニール袋が板の間の上でキイキイと耳障りな摩擦音を立て、袋口が指の隙間から二度滑り抜けた。空き缶が何本かゴロゴロと壁際まで転がり、カンカンと軽い金属音を響かせる。僕はしゃがみ込み、額にうっすら汗を浮かべ、鼻先を赤くしながら、焦りと悔しさの入り混じった気持ちで思った——紐があれば。袋口をぎゅっと縛る紐があれば。家にはナイロンテープがあるはずだ。いつも地下室の入り口の棚に置いてあって、祖母が荷物を縛るときに使っていた。
僕はゴミ袋を床に置き、地下室へ向かった。
地下室への階段は狭くて急で、木の踏み板は長年の風化で軋み、踏むたびにギシギシと老いた関節が文句を言うような音を立てた。空気には古い木材と埃が混じり合った匂いが漂い、乾燥した中にほのかな冷たさを含んでいた。天井の裸電球はいつの間にか切れていて、唯一の光源は壁の高い位置にある細長い明かり取りの窓だった。差し込む日光は一筋の細い光柱となり、空中をゆるやかに漂う無数の塵を照らし出していた。壁際には祖父と祖母が若い頃に使っていた古い家具が並んでいる——引き出しの欠けた化粧台、背もたれのぐらつく椅子が数脚、角の擦り切れた古い衣装箱、床に立てかけられた姿見。鏡の面には薄く埃が積もり、映る人影はぼんやりとしか見えない。祖母が定期的に掃除に来てはいたが、もう使うことのないそれらの品々には、時間に忘れ去られた気配が漂っていた。
入り口の棚をひと通り探した。ナイロンテープは見つからなかった。工具箱、古新聞、空き缶を全部ひっくり返しても、やはりない。おかしい。この前祖母が宅配の箱を縛るときに、ここから取り出していたのに。もしかして祖父がもっと奥にしまってしまったのか。仕方なく、僕は地下室の奥へ足を踏み入れた。光は奥に行くほど届かなくなり、古い家具の輪郭が暗い影の塊に溶けていく。僕はつま先立ちになり、一番高い棚の上を探ろうとして、古びた木の椅子に足をかけた。
その瞬間——バキッ、と乾いた音が地下室に響いた。枯れ枝を折ったような鋭い音。椅子の脚が真ん中から折れ、僕の体が横に崩れ落ちた。とっさに手を伸ばして何かを掴もうとした。右の掌が横に突き出た木の棚に強く擦れ、棚の縁から飛び出した木のささくれが掌を裂いた。焼けるような痛みが電流のように腕を駆け上がった。血がにじみ出し、暗赤色の液体が指を伝って一滴、また一滴と灰色の床に落ちた。乾いた土の上に小さな花が咲くように、じわりと広がった。
人の体に尖ったものが刺さるとき、速度が十分に速ければ神経は即座に反応しない。本当の痛みは数秒遅れてやってくる。けれど来たら最後、潮のように押し寄せ、波は次から次へと激しさを増す。あの頃の僕はそんな理屈など知らず、ただ掌がひりひりと痛み、体が硬直するのを感じた。涙がぽたぽたと落ち、鼻の奥がつんと酸っぱくなった。左手でそっと右手を支え、しばし呆然とした——掌の傷は長くはないが深く、裂け目から血の珠が次々と滲み出て止まらない。それ以上見ていられなくなり、僕は家具の山から飛び降りて、よろめきながら階段口に駆け出した。おばあちゃんに甘えたかった。
ところが、階段の一段目に足をかけ、上に向かって走り出そうとしたまさにその時、背後の地下室の奥から音がした。全身の毛が一瞬で逆立った。言葉にするのが難しい音だった。最初は何か重たいものがゆっくりと動くような、物体同士が擦れ合う低く鈍い響き。暗闇の中で見えない手が何かを押しているかのような。けれどそれだけではない。その音の末尾には微かな、不安を誘う震えのようなものが混じっていた。長い歳月の眠りの中にいた古い器物が、何かの力に揺り起こされ、不本意な呻きを漏らしたような。音は二、三秒で途切れたが、その数秒は僕の耳の中で無限に引き伸ばされ、一世紀にも感じられた。地下室には僕しかいなかった。兄は学校、妹は一階の居間で積み木で遊んでいる。あれはネズミではない。ネズミの立てるカサカサという細かい物音ではなく、重みのある、沈着な、まるで地底の深くから伝わるような振動だった。
怖くてたまらなかった。僕は小さい頃から臆病で、夜中にトイレに立つときは必ず廊下の電気をつけたし、灯りの消えた部屋の前を通るときは小走りで駆け抜けた。このとき——人気のない地下室、闇に近い薄暗さ、まだ血の滲む掌の傷、そして得体の知れない音——恐怖が頭の上から氷水をかけられたように背筋を這い下り、鳥肌が全身に広がった。もう何も考えられなかった。三歩を二歩に縮めて階段を駆け上がり、怪我した手の痛みも忘れ、泣き声交じりに叫んだ。「おばあちゃん!おばあちゃん!」声が階段の壁に反響した。
当時、父も母も仕事が忙しく、毎日まだ暗いうちに家を出て電車に飛び乗り、夜遅くに疲れ切った体で帰ってきた。家で起きている時間はほとんどなかった。祖父はとうに定年を迎えていたが、毎日嬉々として大学に通い続けていた。歴史学の教授という職は、祖父にとって職業というより呼吸そのものだった——教壇は生命の一部なのだ。兄は僕より九歳年上で、中学校に通っており、朝早く出かけて夕方まで帰らない。だから昼間、家で僕と妹の面倒を見てくれるのは祖母ただ一人だった。彼女は僕たちの守護者であり、遊び相手であり、日中のこの家における唯一の大人だった。
祖母は僕の叫び声を聞いて、台所から素早い足取りで出てきた。慌てた様子はなかった——祖母という人は、おそらく永遠に慌てるということがない人だった。ただしゃがみ込んで僕をそっと抱き寄せ、エプロンの端で頬の涙と鼻水を拭い、それから掌の傷を丁寧に確かめた。その手つきは落ち着いていて手慣れていた。まるでこういうことを幾度となくしてきたかのように。台所脇の棚からヨードチンキとガーゼを取り出し、まず水で傷口を洗い、綿棒に浸した消毒液を丁寧に塗り、最後にガーゼを何重にも巻いてしっかりと結んだ。薬が傷口に触れた瞬間、僕はまた痛みで息を吸い込み、体を丸めた。すると祖母は古い子守唄を口ずさみ始めた。低く穏やかな声で、夏の午後に竹林を抜ける風のような歌声だった。
祖母はいつもそうやって僕に笑いかけた。口元がかすかに上がり、皺が目尻に柔らかく広がり、けれどその瞳の奥には、僕がどうしても読み取れない何かが潜んでいた。それは単なる慈しみではなく、もっと深い、もっと複雑な何か。長い歳月の洗礼を受けたあの瞳には、あまりにも多くの物語と、あまりにも多くの風雪と、そしてあの頃の僕の年齢では到底理解しえない強靭さと執念が沈殿しているようだった。祖母と目が合うたび、奇妙な感覚に襲われた——その瞳孔の向こうに、別の世界への入り口がうっすらと見える気がした。けれどその扉は常に固く閉ざされ、誰にも開かれることはなかった。
手当てを終えると、祖母は穏やかに言った。「怖がらなくていいよ。きっとネズミか、ネズミのお友達でしょう。お菓子ばっかり買って食べてるから、ネズミたちがお家に遊びに来たのよ」。そう言いながら、根気よく僕の髪を撫でてくれた。指がくしゃくしゃの髪の毛をすくい、指先は温かくてざらざらしていた。逆光の中、祖母の姿はこの上なく大きく見えた。広い肩、まっすぐな背筋、地面にしっかりと根を張った両足。その佇まいには多くの男よりもなお頼もしい、安心させる力があった。僕の泣き声は次第におさまり、二、三度しゃくり上げた後、鼻先はまだ赤いままだった。祖母は怪我をしていない左手を取った。乾いた、力強い掌だった。僕をゆっくりと地下室の階段へ連れていった。一段降りるごとに、祖母は僕の手をきゅっと軽く握った。声に出さずに伝えていた——怖くないよ、おばあちゃんがいるから。
階段を降りきると、あたりはしんと静まり返っていた。さっきのあの背筋が凍るような摩擦音は、まるで最初からなかったかのように消えている。地下室はいつもの沈黙に戻っていた。壁の高い位置にある明かり取り窓から、午後の陽光が斜めに射し込み、一本の明るい光の柱を作っていた。無数の塵が光の中で旋回し舞い踊る。微小な星々が一筋の銀河の中を漂うように。
そしてその光が落ちた場所に——僕と祖母はほぼ同時にそれを見た——古びた鉄の箱が床に横たわっていた。ぽつんと、蓋が半分開いたまま、どこか高い棚から落ちてきたように。箱の表面は斑に褪せ、鉄板の上にはかすかに読み取れる色あせた花柄の跡が残っている。
あれは何だ。僕が地下室を離れるとき、振り返りはしなかったけれど、この場所は古い家具の山のちょうど正面で、光が一番明るく届くところだ。さっき通りかかったとき地面にあれば、気づかないはずがない。あの箱はいつ現れた。あの音が鳴ったときに、高い棚から振り落とされたのか。
僕は戸惑いながら祖母を見上げた。そして、祖母の表情が一変していることに気がついた。その変化は不意打ちのようだった。穏やかな湖面に突然石が投げ込まれたような。
さっきまで沈着で安らかだった眼差しが、にわかに重く翳り、見えない陰影が瞳の奥底からゆっくりと浮かび上がってきた。唇がかすかに震え、すぐにきつく引き結ばれた。祖母全体の気配が変わった。さっきまでの、孫に手当てをし、子守唄を歌ってくれた優しい老婦人ではなくなっていた。別の人間になっていた。何か深く重い記憶に打たれた人間に。祖母は微動だにせず箱を凝視していた。その眼差しは茫洋として遠く、錆びた鉄の箱を透かして、何十年も前のある光景を見つめているかのようだった。僕の記憶の中の祖母がこんな表情を見せたことはなかった——最も近しい人を失ったときだけ、あの魂が体から抜け落ちたような虚ろな目を、一度だけ見たことがある。今まさに、祖母は床に転がった古い鉄箱を直視しながら、まるで時間の流れが止まり、抗いがたい力に現実の世界から引き剥がされ、半世紀以上封じられていた別の次元、別の時代へと引きずり込まれているようだった。
僕は祖母の手をぎゅっと握った。指先がわずかに冷たくなっているのがわかった。地下室は静まり返り、遠くの通りからかすかに聞こえる車の音と、自分のドクドクという心臓の鼓動だけが耳に届いた。幼かったけれど、あの瞬間、直感がはっきりと告げていた——この箱の中には、何かとてつもなく特別なものが入っている。祖母の表情を変えるほどの何か。この世で最も強い女性から、一瞬にしてすべての防壁を剥がしてしまうほどの何かが。